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枚方簡易裁判所 平成2年(ろ)47号 判決 1991年3月19日

主文

被告人を罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、平成二年二月二五日午前一一時四〇分ころ、普通乗用自動車に妻喜美枝(当時五九歳)を同乗させて運転し、大阪府枚方市宮之阪二丁目二番二号先の交差点手前で信号待ちのため南向きに停止し、同所において右喜美枝を後部左側ドアから降車させようとしたが、同所附近は交通頻繁な市街区域であり、かつ、同車左側の歩道との間に約一・七メートルの通行余地があるので、該部分を同車に近接して追越し通過しようとする原動機付自転車があることはたやすく予測することができ、しかも、日頃右喜美枝は、かかる運行途上で降車するに際しては被告人の指示に従って行動することにしていたほか法定の運転資格も、このような場所での降車経験もなかったのであるから、往往にして後方から接近する車両の有無等を確かめることなくドアを開けて降車することが予想されるので、自動車運転者たる被告人としては、同女が右ドアを開くに当っては、左側のフェンダーミラーにより後方からの交通の安全を十分に確認したうえで降車の指示をなし、必要とあれば状況に応じて開扉を制止するなどの適切な措置をなし、もって、同女が左後方から接近する車両の有無を確かめることなく不用意に開扉することによって後方から諸車を操縦してくる者をしてこれに衝突させるなどの事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、単に左側のフェンダーミラーを一べつしたのみで、後方から走行してくる岩田美加代(当時一七歳)運転の原動機付自転車に気付かず、後方から接近する諸車はないものと軽信し、漫然喜美枝に対して降車の指示をなし、事後は自車の発進に備えて足許のアクセルペダルをみるなどして後方の確認を怠って同女が開扉するのを放任した過失により、同女が後方の安全確認不十分のまま不用意に後部左側ドアを開いたため、右ドア先端部に、折からその場にさしかかった前記岩田運転の原動機付自転車の右前方向指示器及びカウル右側部分を衝突させて左前方に転倒させ、よって同人に加療約一三日間を要する左膝打撲等の傷害を負わせたものである。

(証拠の目標)(省略)

(事実認定の補足説明)

1  弁護人は、本件事故発生当時被告人は左後方の安全を十分に確認し、かつ、同乗者の降車に際しては同人に対し必要な警告を発した、本件事故は被害者の通行方法について交通ルール違反が重なったことによって生じたものである旨主張するので以下これについて検討する。

2  前掲証拠を総合すると、

(一)  本件事故発生の現場である南行車線道路(以下、本件道路という。)は、巾員約四・五メートルの見とおしの良い直線のアスファルト舗装道路でその東側に巾約三・五メートルの歩道が設けられ右歩道の縁石線の西側約一・二メートルの間隔をおいた本件道路上に白色の破線(以下、外側破線という。)が標示されているほか、付近は速度規制三〇キロメートル毎時、駐車禁止区域となっている。なお、本件事故現場の南方約五〇メートルの地点に交通整理の行われている交差点(以下本件交差点という。)がある。

(二)  被告人は本件事故当日、買物のため普通乗用自動車を運転しその後部左側座席に同人の妻野口喜美枝(以下、喜美枝という。)を乗せてスーパー「イズミヤ」に赴いたのであるが、その帰途、喜美枝を本件交差点西南方にある靴店に立寄らせる予定で本件道路を南進していたところ、同方向に走行する車の流れが悪かったので、両名は、次の信号(本件交差点)で引っかかったら喜美枝だけ降車して徒歩で右靴店まで先行する旨打ち合わせた。そして本件交差点手前にさしかかったとき、先行する五~六台の車が信号待ちのため引続いて停止したので被告人もこれに追随してその後方に停車させたのであるが、そのときの被告人車の左側は東側歩道縁石まで約一・七メートルの余地があり(以下、余地部分という。)、車体巾員約〇・五八メートルの原動機付自転車の通行には支障のない状態であった。

被告人は、右停車後、前記の手はずどおり喜美枝を降車させるべく自車左側のフェンダーミラーによって左後方の道路をちょっと見たのであるが、進行してくる車両を認めなかったので同女に対し、「よし、降りなさい」と指示し、同女がこれに従って後部左側ドアを約五〇センチメートル開いた途端、右ドア先端部に、折から北方から前記余地部分を南進してきた岩田美加代運転の原動機付自転車(以下、岩田車という。)を衝突させて判示の負傷をさせた。

(三)  被害者岩田は、本件事故当日、友人との約束を果すべく原動機付自転車を運転して本件道路の左寄り、ほぼ外側破線上を時速約三〇キロメートルで南進していたのであるが、本件事故現場に至るまでの左側歩道寄りには駐車車両等の障害物もなかったので、ほぼ外側破線上を時速約三〇キロメートルで直進していた。そして事故現場の手前約四〇~五〇メートルの地点に達したとき同地点から前方の交差点に至るまでの間の右進行車線上に信号待ちのため連続して停止している車両があったが、いずれも同型式の普通車であったため、従前の進路を維持し前記同様の速度で直進しながらおよそ五~六台の車両の左横を通過して被告人車の後部左側にさしかかった際、突然、同車の後部左側ドアが外側へ開いたため、前記のとおりこれに衝突した。

以上の事実が認められる。

3  以上認定の事実関係のもとにおいては、

(一)  被告人は、自車の左側フェンダーミラーによってその後方よりこれに近接してその左側を通過しようとする車両があることをたやすく確認できることは明らかであるから、被告人が岩田車の存在を認識しなかったとすれば、被告人が後方確認を欠いたためにこれを的確に認識し得なかったものといわざるを得ない。

(二)  岩田車は、信号待ちの停止車両の左側約五〇センチメートルの近接した間隔をとって前記余地部分を制限速度一杯の約三〇キロメートル毎時で直進し、被告人車の左側を通過しようとしたものであるが、現時の交通事情のもとにおいては、このような運転をするものがあることは通常経験するところと考えられるから、右は被告人の予見義務の範囲内に属するものといわざるを得ない。

(三)  なお、弁護人は、被告人は喜美枝の降車時に、同人に対して「ドアをバンと開けるな」と注意したのであるから道路交通法七一条四号の二に定める運転者の注意義務を果している旨述べるが、かりに被告人がそのような注意をしたとしても、これが前記認定のような本件道路事情と同乗者に関する具体的状況のもとにおいては、同法による運転者がとるべき必要な措置を尽くしたものとは到底いい難い。

以上のとおりであるから、弁護人の主張は何れも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金五万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする。

よって、主文のとおり判決する。

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